シリア 独裁者 選挙 アサド大統領 

シリアの大統領は独裁者なの?選挙で選ばれたんじゃないの?

アメリカによるシリアへのミサイル攻撃が話題なので「いまさら」な疑問を解決して
みたいと思います。

 

 

世界最悪の独裁者?

 

シリアのアサド大統領はアメリカのワシントンポストの
系列週刊誌「パレード」の「世界最悪の独裁者ランキング」で
第12位に選ばれました。アサド政権は対イスラエル闘争を続けるパレスチナのハマスや
レバノンのヒズボラを支援しているとの疑いがあり、欧米諸国から「テロ支援国家」と
もくされているのです。

 

 

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アサド大統領ってどんな人?

 

シリア指導者であるバッシャール・ハーフィズ・アル=アサド大統領は
このような外見です。
一見すると学者のようにも見え「独裁者」等のどぎついイメージはありませんが
果たしてどのような人物なのでしょうか?

 

アサド大統領

 

 

バッシャールはハーフィズ・アル=アサドというクーデターでシリアの全権を掌握した
「シリア・アラブ共和国第4代大統領」の次男。
父が権力の座についたのはバッシャール(現大統領:以下彼)が幼少の頃です。

 

 

控えめで穏やかな人間

 

彼は政治は常に身近な所にあったが、兄弟とは異なり本人は政治や軍事への
関心は特になく、父とも政治の話をしたことがなかったそうで

 

医者を目指してダマスカス大学の医学部を卒業した後、ロンドンに留学して眼科医
で研修を積んでいた

 

 

本来は兄が後継者となるはずだった

 

長男である兄が交通事故で死亡したことから、やむを得ずイギリス留学を中断して
帰国し、父の後継者となった。

 

つまり、既に軍人・政治家として実績を積んでいた父や兄を異なり
端的に言えば彼は「眼科医」に過ぎなかったのです。

 

 

指導力を発揮

 

ところが彼は、周囲の見方とは異なり「腐敗との戦い」という新たな運動を唱え
既存勢力の腐敗を一掃するあらゆる分野での改革を訴え、指導力を発揮していき
ました。

 

 

大統領就任

 

そして2000年6月10日に父が死去した翌日に陸軍大将に昇進して軍の最高
司令官になり、その後バアス党書記長に就任。
さらに国民の信任を問う国民投票を経てに後継大統領に就任したのです。
つまり、完全な民主的手続と言えるかどうかはともかく「国民の選択」によって
最高権力者となったわけです。

 

しかし・・

 

次第に彼は対外的にも内政の面でも、政敵への態度を硬化させて
いき、独裁者の様相を呈していきました。

 

「二面性があった父の表の面を彼が。裏の面を弟のが担っている」という指摘
もあり、生い立ちや経歴に加え、そういった性格面が現在のアサド大統領を
形づくっていったものと言えそうです。

 

【出典:Wikipedia「バッシャール・アル=アサド」】

 

 

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